女王と騎士

第三部 夢と現-百騎夜行編- (47)

 猛烈な速度で駆け去った二人の騎士を見送ってオルトはやれやれとばかりに肩をすくめた。「若いねぇ」などと年寄りのようなことを呟いている。この場に留まったのは、単に動くのが面倒なのか、ライカを気遣ったのか、おそらくはそのどちらでもあるのだろう。
 ライカはあらためて王に目を向けた。遺体は踏み散らされた草地の上にうつろな目を見開いたまま横たわっている。まるで石のように冷たいと思っていた緑の目が今は本当に生気の宿らぬ物体と化していた。
 もはや何も映さない。
 だが、この男は現を見ていたのだろうか。見えていたのだろうか。
 現から送りこまれる全てのものを拒み、なにかべつのものを、夢と呼ぶにはあまりに暗いものを見続けていたのではないだろうか。
 すうっと視界が翳るのをライカは感じた。まるで分厚い雲が太陽を遮ったように。
 ああ、まずい。
 そう思った時には、彼女の意識は死者の過去に引きずり込まれていた。

 ほの白い月がぽかりと闇に浮いている。
 ゆるやかに張り巡らされた魔法の糸を断つこともなく月明かりを頼りに彼はするりと窓から室内へすべりこんだ。「糸」はたわんだだけで、彼の存在を受け入れ通過させた。
 ぐるりと部屋を見まわすと寝台の上に痩せさらばえた腕が見えた。病を得て伏しているという男の呼吸音は苦しげで静寂を乱していた。
 彼は足音もなく寝台に近づくと、そこで眠る初老の男の顔を見下ろした。
 これが、父親。そして、大勢の赤子を死に追いやった狂信者。
 彼は懐から小さな瓶を取り出すと、微かに開いたままの口へ中の液体を数滴落とした。液体が気管に入ったのか、むせて男が目を開けた。
 怪訝そうに、男がひとつの名を呼ぶ。それは男のただ一人の息子の名だった。
 彼は冷ややかに笑みを浮かべた。
「違う。私はその名の者と共にこの世に生まれ出でた者だ」
 男は驚愕に目を見開いた。なにかを叫ぼうとしたようだが、声は出なかった。
 ひいひいと男の喉が鳴る。胸をかきむしり、もだえ苦しむ男に彼は背を向けた。入ってきたときと同じように窓から外へ彼が滑り出るころには呼吸音は止んでいた。
 それで全てが終わったはずだった。
 わずかな好奇心が、あるいは肉親への執着が、全てを変えた。彼は共にこの世に生を受けた男の前にも姿を現した。
「何故、お前が生きている」
 彼の顔を認めるや否や、彼とほとんど同じ顔を持つ男はそんな言葉を吐き出した。
 男は彼の存在を知っていた。共に生まれ、そして一人で死んだはずの双子の片割れを見る男の目にあるのは憎悪と恐怖。そこに肉親の情はなかった。
 それが、何かを呼び起こした。
 おそらくは、双子として共に生まれながら、ひとりだけ生きることを認められた者への憎悪。
 これだけ似通った容姿を備えた男が、どれほど自分と違うというのか。
 彼は術を用いて男の記憶を封じるとその場を立ち去った。そして、ひそかに準備を始めた。
 男の行動を監視し、癖、好み、口調などの特徴を盗み取った。優れた魔法士でもあった彼にとって、王の急死により混乱していた城内に術を張りめぐらせるのはたやすかった。そもそも彼が習得した術は他者に気づかれにくい。
 そして新年を迎える夜、彼は男と入れ替わった。それに誰も気付かなかった。多少の違和感を感じても、王位に就いたことで心境に変化があったのだろうと誰もが納得した。
「いつ、中止の布告を出されますの?」
 ある日の昼下がり、張り出し始めた腹部を撫でながら王妃が言った。そこに宿る命は、彼の血を受け継ぐ者か、彼が己の手で殺した兄の血を受け継ぐ者か、彼自身にも分からなかったが、どちらであろうと彼は興味を持たなかった。
「王位に就かれたら、先見の儀式を取りやめるとおっしゃっていらしたでしょう?」
 この子が生まれる前に布告を出してくだされば嬉しいのですけれどと王妃は微笑んだ。
「そのようなことをそなたに言ったか」
 一瞬、息を止めたあと、用心深く彼は尋ねた。
「お忘れになりまして? 双子の弟のほうが優れていたに違いない、森神も見誤ったのやもしれぬなどと度々お父君に責められたと……。だから、本当は神官は嫌いだ、王位についたら、死んだ弟のためにもくだらぬ先見の儀式なぞ廃してやる、そう最初にわたくしと顔を合わせたときに、おっしゃいましてよ?」
 それで、わたくし泣いてしまって……、と思い出を懐かしく語る王妃の声はもはや彼の耳に入っていなかった。
 己がこの手で命を奪ったのは何者だったのか。
 彼は呆然と自分の手を見つめた。
 先見が告げたのは真実だったのか。確かに、彼は森緑王家に災いをもたらした。
 彼は事実を伝えた王妃を、己を今の状況に追いやったすべてを、そして自分自身を憎んだ。先見の能力者も、神殿も、国も彼にとっては憎悪の対象となった。
 彼は先見達がみた「未来」を実現させてやろうと彼は決めた。
 先見が告げたように国を滅ぼす者になろうと。
 望んだのは破滅。
 果てなく続く闇の深淵にただひたすらにおちてゆく。
 どこまでも、どこまでも。

 不意にライカは現実世界に引き戻された。
「おーい、ライカちゃーん」
 能天気な声とひらひらと目の前で振られている手、そしてまた自分の肩に置かれた手がオルトのものだと認識するや否やライカは顔をしかめた。
「お、正気だったか。衝撃のあまり、放心したのかと思ったぜ」
「……そういうわけじゃないわ」
 そう応えてライカは軽く首を振った。
「顔、真っ白だぜ? こんなもん、若い娘が見るもんじゃないからなぁ」
 死体なんざ放っておいて王妹のところへ行こうと促すオルトにライカはふと尋ねた。
「ねぇ、あなた何歳なの」
「ん? あー、多分二十五歳」
 親父が嘘を教えてなけりゃなと笑いながらオルトは言う。そういうことで嘘をつくかもしれない人物に育てられたらこんな人間になるのかとライカは頭の隅でちらりと考えた。
「そうなの? 見た目より、もっと年がいっているのかと思ったわ」
「老成してるってか?」
「違うわ。時々、言動が妙に年寄りくさいからよ」
「うわっ、傷ついた」
 オルトは大げさに胸をおさえてよろめいている。その様子を眺めながらライカはぼんやりと考えた。
 もし、自分が災いをもたらす者として親に否定された存在だったら、どうしただろう。
 やはり、傷つき、怒り、憎んだだろう。だが。
 ひんやりした気配がライカにまとわりついた。それをライカは邪険に振り払った。
 同情なんか、しないわ。この未来を選んだのは、あなたなんだから。
 ライカは死者にきっぱりと背を向けた。


 森緑国王の死の知らせは瞬く間に戦場に広がっていった。
 それとほぼ同時に停戦の布告が両軍から出され、騎士達は戦いの手を止めた。
 主を失った森緑王国の騎士達は途方に暮れているように見えた。王がたおれるなどとは考えてみたこともないとばかりに。
 森緑王国の世継ぎと交渉を始めるべく引き上げようとしていたアシュリーズは名前を呼ばれて立ち止まった。
 振り向くと、二人の騎士が駆けてくるところだった。エセルとエルードだ。
 目前に到着するや否や、開口一番、「ウェイ殿を動かしてください」と頼んだ二人の騎士に、アシュリーズはわずかに眉を動かした。
「森緑王都と神殿が崩壊する可能性があります」
「根性悪の王があっさり一人であの世に旅立つとは考えられません」
 二人がそれぞれに言う。言葉は少ないが、アシュリーズにはそれで十分だった。あの男がしそうなことを彼らも推測したのだろう。
「必要ない」
 簡潔に結論だけを告げると、どういう意味かと二人は当惑した。
 もしや、間に合わぬということですかと揃って眉をひそめた二人にわずかに唇をゆるめながらアシュリーズは告げた。
「先刻、特命を受け森緑王国に潜入している魔法士ノウィンより連絡があった。そちらの方は彼女らで片付けるそうだ」
 確認の意味で傍らに立つウェイを見やるといつものように黙ったまま頷いた。
 ノウィンからウェイに魔法を用いての連絡があったのだ。彼女の師である氷晶王国の「純血種」から、森緑王都と神殿に術が仕掛けられているとの知らせがあり、彼女らは現在王都に向かっているとのことだった。もし、術が発動されれば、神殿は崩壊し、王都は炎上したというが、梢耀王国にいる「純血種」から派遣された魔法士がその発動を抑えているという。古代魔法の波動を感知して、純血種同士で連絡を取り合っていたそうだ。それなら、いっそのこと全部、純血種達で片付けてくれればいいと思うのだが、寿命が間もなく尽きようとしている身では動くこともままならぬらしい。
「ノウィンというと、氷晶王国出身の神官見習いですよね?」
 エセルが尋ねた。彼女が南陽王国を出たときには、まだノウィンは神官見習いのままだった。
「元神官見習いだ。今は王宮付きの魔法士になっている」
 そのうち、近衛魔法士などという名称がつくことだろう。近衛騎士がいるのだから近衛魔法士がいてもいいだろうなどと女王が言うのをアシュリーズは耳にしていた。
「森緑国王は、特殊な魔法をしばしば使っていたようですが、その魔法士で対処できるのでしょうか」
 エルードが念のためにとばかりに確認する。
「問題ない。その点に関してはウェイよりも適任だ」
 その答えで二人は満足した。王妹の判断に疑いをはさむような真似はしなかった。そうと知っていれば、こんなに慌てて走ってこなかったのにとエセルが笑う。
 それはアシュリーズも同感だった。氷晶王国と梢耀王国にそれぞれ居を定めている純血種が古代魔法の動きにこれほど気を配っていると知っていれば、また、森緑国王の目論みを阻止しようと動くと知っていれば、気をもまずにすんだ。アシュリーズが知っている純血種というものは世の動きにほとんど無頓着だったが、それでも森緑国王に古代魔法の手ほどきをした純血種が介入してくるのではと心配だったのだ。だが、その純血種はもはやこの世にはいないらしい。
 遠くの丘の上に動くものを認めてアシュリーズは眉を上げた。ウェイを見やるとわずかに顎を引いて頷く。気のせいではないようだ。
「二人とも御苦労だったな。エルード、おまえはこの後どうする?」
 素知らぬ顔でアシュリーズは年下の若者に視線を定めて尋ねた。
「森緑王国に残るならば、このまま見逃すが」
 子供の時に強制的に送り込まれたとはいえ、彼が間諜であったことは事実だ。南陽王国に戻れば、なんらかの処罰は免れ得ないだろう。
 エルードの暗緑色の瞳がわずかに揺らぐ。拳が握り込まれるのが見えた。
「……罪に問われようと、南陽王国に戻ります。この国に残る理由はありませんから」
 きっぱりとした口調でエルードは答え、アシュリーズは口元をわずかに緩めた。女王が聞けば喜ぶだろう。
「第一王子が残念がるぞ。使える人材が少ないからな」
 そんなことは知ったことではないとばかりにエルードは肩をすくめた。
「森緑王国に恩はありませんから」
 あったとしても十分返したはずだ、と言う。災いの種である王を取り除く手伝いをしたのだから、と。
「そうだな。エセルはどうする?」
「一度は帰国します。このまま逃げたら陛下に文句を言われそうですから」
 森緑王国の王族かもしれぬ女騎士は、予想通り、そんなことなど全く念頭にない様子で即座に答えた。
「わかった。二人とも南陽王国の騎士とみなしてよいのだな?」
 はいと答えながらも、訝しげな顔をする勘のよい二人にアシュリーズは命じた。
「では、あれへの応対を二人に任せる。これから第一王子と交渉するからな、話がまとまるまで邪魔にならないようにしてくれ。息子とも引き合わせておくように」
 アシュリーズの視線を追って振り返った騎士達が一瞬固まった。エセルが舌打ちする。
「……尽力します」
 さも厭そうな声で言うエルードと、あーあと溜息をつくエセルを置いてアシュリーズは歩き出した。
「……変わった能力を持つ者を連れて来ている」
 隣を歩きながらぼそりとウェイが告げた。
「妙な真似をしたら始末してくれ」
 戦いが終わったとはいえ、ここが戦場である以上、容赦する必要は無い。
「どちらを?」
 聞き返されてアシュリーズは足をとめ、しげしげとウェイを見た。背の高い騎士はいつものごとく淡々としているが、ごくわずかに不快感を抱いているようだ。
「余程、気に入らないんだな」
「気に入る理由がない」
 それもそうなのだが。
 アシュリーズは首を傾げた。ウェイが毛嫌いするような、というより、積極的に始末したがるほどの感情をもたらす人間がいるとは思わなかった。
 だが、彼女以外の人間がこれを聞いたなら、当たり前だと思っただろう。
「……やるなら、元凶と思われる方だ」
 ウェイはそっけなく頷いた。機会があれば、実行する気でいるのかもしれない。
 なにがそんなに気に食わないのだろう。
 アシュリーズには思いも寄らなかったが、彼女に試合上のこととはいえ怪我をさせた人間を、さらには彼女に求婚なぞしたことのある男の存在をウェイが快く思うはずがないのだ。それを、彼女以外、ウェイを知る者は皆知っている。
 彼らの背後では、厭そうな様子を隠そうとしないエルードとエセルが、軍馬に乗って近づいて来る暁王国の将軍を見守っていた。


 南陽王都の上空はよく晴れていた。その同じ空の下、遥か北部の国境付近で戦が行われていることなぞ王都民には関わりなく、常日頃と変わりなく一日を過ごしている。それは王宮でも同様で、女王の政務も平時となんら変わりはなかった。
 食事時に政務の話を聞くとまずくなると、その時間帯を狙っての急ぎの報告は女王には大変不評だったが、この日ばかりは問題無いとヴェルシュは遅めの昼食をとる女王夫妻の前で淡々と報告を開始した。まだ夜も明けぬうちから魔法士を通して南部より届けられた情報に関しては、予定通りに南部貴族の動きが抑えられたとだけ朝のうちに告げてあった。その詳しい経緯を報告すると女王はうんうんと頷いた。
「秋には山ほど監査官を送り込んで搾り取ってやる。没収する領地は……あの男にでもやるか」
「あの男とは?」
「そなたの学友だった、顔のよろしくない男だ。いらんと言いそうだが、産業振興の実験をしたがっていただろう? そのために土地を提供してやる」
 そう言えばとヴェルシュは思い出した。悪友を引き立ててやるつもりは毛頭ないが、随分前に彼の産業振興構想について女王の耳に入れたことがあった。その時、女王はまだ地位の低い文官だった彼の存在を知っていた。顔がよろしくなくとも女王の記憶に留まっていられるということは、それだけ能力を認められているということである。その後、彼は着々と出世して重臣の一人に数えられるようになった。が、女王に名前を覚えられていないのは、やはり容姿が十人並のせいだろう。
「引き受けてもらえると思うかい?」
 女王の考えに賛成なのだろう、クルス・アディンに問われてヴェルシュは慎重に答えた。
「おそらくは。断る理由がないですからね」
 なにか裏で画策していない限りは。ここしばらく、顔を合わせていないが、彼は彼なりに楽しんで仕事をしているはずだった。少なくとも、自分の力を認めてくれている女王に敵対する意志はないだろう。
「あとはリーズが森緑国王の首を土産に持って帰ってくるだけだな」
 機嫌よく果物を口に放り込みながら女王が言う。双子の妹が無傷で帰ると確信しているらしい。
「その土産は無しです」
 わずかに苦笑を含みながらクルス・アディンが告げた。
「なに?」
 夫の言葉に女王の眉が寄せられる。
「代わりにオルトが何やらよいものを持ち帰るそうなので、そちらで我慢してください」
「オルトが? 期待できぬが」
「今回は期待してよいのでは。近衛騎士が長期間帰国せず、ろくに連絡も寄越さずに出歩いていたわけですから、保身のためにそれなりのものを用意するでしょう」
 クルス・アディンも正確にオルトの人格を把握しているようだ。
 ふむと女王は考え込む顔になった。
「ろくでもないものならば、それはそれで減俸してこき使う理由になるというものだな」
 生首を眺めるよりもオルトをいたぶる方が楽しそうだと結論を出したらしい。どちらもよい趣味とは言えないが、後者の場合、オルト以外に被害は及ばぬのでましだろう。そもそも、それ相応の手土産さえ携えてくれば、被害は全くなくて済むのだ。
「戦の件ですが、先ほど、和平交渉を開始したとの連絡がありました」
 単純な魔法を利用しての連絡のみだったので、詳しい内容まではまだ伝わってきていないが、和平交渉をしているということは、森緑国王は死んだと考えてよいだろう。あの王が和平交渉に応じるはずがないのだから。
「誰の手柄であろうな。ウェイならば、リーズと結婚させやすくなるから好都合なのだが」
 それ以外にあの男が喜ぶ褒賞もないしと女王は真面目な顔で呟く。
「手柄などなくても構わないでしょう。身分や家柄を持ち出して難癖をつける者達へは、王位継承権に関する政治的配慮と言えばいいのですから」
 なにしろ、女王の双子の妹だ。大貴族へ嫁がせようものなら、後々、その血を引く者が王位継承権を主張して内乱を引き起こす可能性がないとは言えない。
「それもそうか。ルーダルも結婚することだし、そなたもそろそろどうだ、ヴェルシュ?」
 やはり来たかと思いつつ、ヴェルシュは腹の中になにかがいっぱい詰まっているに違いないと宮廷人達に言われる爽やかな笑顔を返した。
「陛下が私を近衛騎士から解任し、父の領地へ帰して一生をそこで送らせてくださるというなら、すぐにでも考えましょう」
「それでは意味が無い。二十年先の不確実な楽しみよりも現在の確実な楽しみを私は優先するからな」
 要するに、美形で、宮廷に取りたてるだけの才能を持って生まれてくるか分からないヴェルシュの子供に期待するよりは、ヴェルシュ本人を手元に置くほうがよいと女王は言っているのである。何も知らない貴族達からは、そこまで女王に気に入られていることをうらやまれるだろうが、ヴェルシュにとってはありがた迷惑にほかならない。
「それに近衛騎士を補充できるあてもないだろう。今年は不作だ」
 不作とは、今年騎士に叙任する予定の騎士見習い達のなかで女王の好みにあう、見栄えする容姿の者がいないということだ。これでまた近衛騎士の補充は無しかとこっそり溜息をついた拍子にヴェルシュはあることを思い出した。
「陛下、覚えておいでかもしれませんが、昨日付けでシェイド隊長が休暇を終え、職務復帰されています」
「まだ見かけておらぬが?」
「森緑王国内にいらっしゃるはずですから」
 女王が目を剥いた。
「なにをやっておるのだ、シェイドは!」
「あいにく私も詳しい内容は知らされておりませんので。ひとまず、フィルに同行し、傭兵達をよく見定めた上でわが国の騎士として取りたてることが目的とのことですが」
「そんなものは建前だ。単に久しぶりに国外をうろついてみたかっただけに決まっておる! 私には王宮から出るなときつく申しておりながら、ずるいぞっ」
 最後の一言が女王の本音であろう。そして、女王の推測も大筋は当たっているに違いない。だが、ついでに親友の息子が近衛騎士としてやっていけるかどうか見極める目的もあったのではないかとも考えられる。もし不向きと判断したならば、自分が近衛騎士隊長であるうちにフィルを解任するだろう。本人のためにも、そして女王のためにも。
「……それにしても、近衛騎士は私の許可無く国外には出られぬはずだが」
 ぼそりと女王が呟く声が聞こえた。
「許可を出された覚えがない、とおっしゃるのですか」
 穏やかな夫の声に女王はびくりと肩を動かした。それに関する書類を目にした記憶がクルス・アディンにはあったのだろう。
「い、いや、きっと忘れただけだな!」
 女王は半分眠りながらその許可証に署名をしたのだ。そうなるように、ヴェルシュが仕向けた。だが、これくらいでは女王の「悪癖」は直らないだろう。
 今度こそ、同様の「仕掛け」がばれた時に勢いで解任してくれればよいが、とヴェルシュはひそかに期待していた。