女王と騎士

騎士の日常〜指南役編〜

 地方の騎士団で訓練された騎士見習い達は十三才になると王宮に集められ、二年間特訓を受けながら王宮警備の任務につく。
 これは、現女王によって定められた制度であった。
 騎士叙任がなされる十五歳までの二年間で、それぞれの適性を見極めるためと言われているが実は女王が品定めするためではないだろうか、と指南役の一人に任命されている近衛騎士ヴェルシュ・リア・ローエルは考えていた。
「一匹の古狸と、元気の有り余っている子犬ども、どちらの世話がしたい?」
 という、女王の二者択一の問いに答えた結果がこれである。
 ちなみに古狸とは隣国の大使を意味していた。
 子犬ども、すなわち、騎士見習い達の指導に当たる訳だが、「責任者」の地位にある近衛隊長はなにかと忙しいために実質的にはヴェルシュ一人がその多くを担わなくてはならない。
 少年少女に憧れの目を向けられながら、手短に挨拶を済ませるとヴェルシュは壇上からおりた。
 一見した限りでは女王の設定した「合格ライン」に達している者は少数だ。
 憧れの近衛騎士がそんなことを考えていたとは騎士見習い達は想像すらしなかった。


 王宮での生活が半年も過ぎると騎士見習い達の間にも実力の差が生じて来る。持って生まれた才能は勿論、重要であるが、それを生かせるかどうかは本人の問題だ。重要なのは最初の一年だと言われている。そして、それは指南役にとっても最も頭の痛い期間でもあった。

 王宮に新たに騎士見習い達を迎えてから、二カ月が過ぎようとしていた。
 指南役という立場に、なじみつつあるヴェルシュは容姿とともに素質にも恵まれた騎士見習いと廊下で立ち話をしていた。話題は主として戦闘における魔法行使についてである。少年は向上心も旺盛だった。この調子でいけば、近衛騎士が確実に一人は増え、多少、楽になる。
「応用として、例えば、弓矢においても…」
 だかだかだかっと元気の良い足音がしたかと思うと、騎士見習いの一人が廊下を曲がって姿を現した。
 この国では珍しい金茶の髪と鮮やかな緑の瞳が目を引く。
「うわっ、ごめん、フィル!」
 少年に突き当たりそうになった騎士見習いは謝ると、そのまま横の窓から飛び出していった。
 …ここは二階なのだが。
 もっとも騎士の能力を持って生まれた人間にはそう重要なことではない。
「元気な子だな」
「今のは…」
「エ−セ−ル−っ!」
 少年の声が響いた。
「…です」
 やはり勢いのよい足音とともに騎士見習いが姿を現す。
「フィル、今、エセルがここに…」
 その騎士見習いはヴェルシュを認めると背筋をぴんとのばして敬礼した。
「…ユリク」
 騎士見習いの中でフィルと最も仲の良い少年である。
 ヴェルシュの視線があるものの上で止まった。
「…そのカエルは?」
 何故か少年の左手には大きなカエルが握られている。
「あ、いや、その、なんでもありませんっ」
 少年はカエルを握った手を後ろに隠した。
 今更遅いのだが追及するのも気の毒だ。
「君の探し人なら、そこの窓から出て行った」
 いってよろしいと手で合図すると少年は同じように窓から飛び出して行った。
 決して窓からいってよいと言ったわけではなかったのだが。
「…彼はカエルを握って廊下を疾走するような性格ではないと思っていたが」
 普段は落ち着きのある思慮深い少年だ。
「エセルは彼の義妹なんですよ」
 苦笑まじりにフィルが説明した。つまりは、同じ神殿育ち、すなわち、孤児ということだ。
「なんでも、昔から何をしでかすか、わからない子だったとかで…今も、あまり変わらないですけど」
 きっと、あのカエルはエセルの持物ですよ、と笑う。
「…ひとつ、確認しておきたいんだが。さっきの子は、『彼』ではなく、『彼女』なのか?」
 ヴェルシュは新しい騎士見習い達をまだ完全に把握してはいなかった。
「あ、はい、そうです」
 …リーズも女の子らしいとは言えなかったが…。
 ヴェルシュは王妹の過去の姿を思い起こした。
 自分やウェイ以上に威勢は良かったが、少なくとも、カエルを持物にしたり、二階の窓から飛び降りるような真似はしなかった。
「そのうち、ヴェルシュ殿のところにも『報告書』が行くんじゃないかと思いますよ」
 冗談を言っている口調ではなかった。
 ヴェルシュは軽く眉を上げた。
 指南役まで「報告書」が行くには、それなりの事をしでかさねばならない。
「楽しみにしておこう」
 そして、その日はすぐにやって来たのであった。

 この国では少ない金茶の髪の持主は神妙な顔で椅子に座っていた。
「何故、ここに呼ばれたか君はわかるか?」
「おおよそは」
 ちらりと緑色の目を向けて、騎士見習いは答えた。
「では、説明したまえ」
「えー、騎士見習いのエルード・ネフザの寝台にカエルが大量発生しているのが発見されたからです」
 騎士見習い達を収容している王宮の西棟で少年の悲鳴が響き渡ったのは昨夜のことである。何事かと駆け付けた人々が見たのは寝台の上で跳ねるカエルの群れであった。
「それで、何故、君が呼び出しを受ける?」
「カエルを寝台に入れたのは私であるとエルードが主張しているからです」
「事実、ではないのか?」
「目撃者はいません」
 またまた、けろりと答えた。
 その態度に女王と通じるものをヴェルシュは感じた。
「それなのに、君が犯人だと彼が主張する理由は?」
「私とエルードの間には個人的な諍いが生じており、また、彼がカエルを苦手とすることを私が知っているからであります」
 ヴェルシュは報告書に目を落とした。
 問題の二人は十日前にも取っ組み合いの喧嘩をしている。騎士見習い同士の喧嘩など珍しいものではないが、扉を大破するとなると別だ。
「…三日前、私はユリク・ゼンがカエルをつかんで君を追いかけているところを目撃したわけだが…」
 ふうとヴェルシュは息をはいた。
「状況証拠は揃っており、君は圧倒的に不利な立場にある。よって、君を罰することを回避することはできない」
 このようなことに、口出しするのは不本意なのだが…。
 あの「悲鳴」が騎士見習い達だけでなく、それ以外の人々の耳に入ったことがいけない。子供同士の喧嘩など放っておくに限るのだが、他者に迷惑がかかるとなると別だ。
 ヴェルシュは立ち上がると書棚から宮廷作法の本を取り出した。
「毎日、十ページずつ、書き写して提出すること。騎士には礼儀も必要だ」
 とりわけ、この少女のように女王好みの性格をしていれば、将来、役に立つこともあるだろう。
「…はい」
 なんとも渋い表情で騎士見習いは返事をした。どう見ても作法は苦手そうだ。
「最後にひとつだけ言っておこう。私ならば、カエルの収集現場を見られた時点で計画を変更する。…今後の参考にしたまえ」
 やるなら、他の人間にばれぬようにやれ。
 そう暗に示唆する。
「はい!」
 今度の返事は元気よく、騎士見習いはかくあれかしという返事の見本のようであった。

 ある日の夕暮れ時、女王は何やらほくほく顔で庭を散策していた。
 ヴェルシュは悪い予感を覚えて、近衛騎士隊長に小声で尋ねた。
「何か、よいことでもあったのでしょうか?」
「いや、特には。ただ、昼過ぎくらいに騎士見習いの一人と話をしてから、妙に機嫌がよろしかったが」
「…その騎士見習いは顔が良かったのですか?」
「近くでは見てはおらぬが、金茶の髪をしていた」
 悪い予感はますます強まった。
 見回りの騎士見習い達が姿を現す。彼らは女王の姿に立ち止まって、敬礼を送った。
「おお、そなた達、気を付けてくれ。そのあたりに、献上物のカエルが…」
 うわあ〜っ!と悲鳴を上げて騎士見習いの一人が飛びずさるのが見えた。小道の上で、リボンをつけた大きなカエルが跳ねている。
「これ!踏むでないぞ!」
 ヴェルシュは額を手で押えた。
 …また別の手段を考えたな…。
 いたずら好きの女王の性格を利用して、偶然を装った、いやがらせを仕組んだのだろう。何も考えていなさそうに見えて、頭の回る少女だ。またも、喧嘩をしたというから、そろそろ何かあると予測はしていたのだが。
 …まさか女王と手を組むとは…。
 誰かと共謀するのはかまわないが、せめて女王だけは避けて欲しかった。そして、決行場所はなるべく自分の目に留まらぬ場所を選んで欲しいものだ。
 女王が笑いながらやって来る。
「カエルを見せればカエルのように跳び上がるとは、あの娘の言った通りであった!」
 やはり…。
「…陛下、そのカエルはいかがなされたのです?」
 近衛騎士隊長は常と変わらぬ調子で尋ねた。
「うむ。私が間近でカエルを見る機会がなかったと申したところ、ある騎士見習いが快くくれたのだ」
「そのような美しくない生き物はお嫌いなのだと思っていましたが」
 ヴェルシュはそれが何より不思議だった。
「美しくはないが、愛嬌がある。それに、役に立った」
「何にですか?」
「私の気晴らしだ」
 平然と女王は言い切った。
「あのように驚いてもらえるとは、病み付きになりそうだ」
「陛下、同じ手段は何度も通用するものではございませぬ」
「ふうむ、それもそうだな」
 …時々、隊長殿の考えが理解できなくなる。
 謹厳実直な人物として知られているが、本当にそうなのだろうかと、疑わしい。
 ともかく、気の毒な騎士見習いが女王と鉢合わせしないで済むように、勤務時間を調整しなくてはならないだろう。
 カエル嫌いの少年は少々難はあるが、優秀な騎士見習いでもあるのだ。
 いらぬ仕事が増えたと、ヴェルシュはこっそり溜息をついた。


 三人の騎士見習いは近衛騎士隊長の前に整列し、じっと言葉を待っていた。
 皆、覚悟は決めているという表情だ。
 それもそのはずで、昨夜、この三人は流れの騎士達を相手に派手な乱闘騒ぎを繰り広げたのだ。王都の「治安維持」を任務としていたにもかかわらずである。
 中年の騎士は長い間、少年達を眺めていた。
 近衛騎士隊長の凝視を前にしても少年達は顔色ひとつ変えない。
「…今後、同様の状況が引き起こされた場合、お前達は同じ行動をとるか?」
「はい」
 躊躇なく三人は答えた。
 通常ならば、ここは「二度と軽はずみな真似はしません」と言うべきところなのだが、三人とも、そんな嘘をつける性格ではなかった。
 喧嘩の理由は相手が女王と南陽王国に対し侮辱的な言葉を用いたからだという。
 だが、近衛騎士隊長はその理由すら問おうとはしなかった。
「ならば言うことはない。だが、行動の責任は取ってもらう。破損した家屋の修理をすること。以上だ」
 意外なまでに、あっさりと近衛騎士隊長は「説教」を受けるために集められた騎士見習い達を解放した。少年達が部屋を出て行った後、ヴェルシュはその理由を尋ねた。
「説教というのは効果あればこそ価値があるものだ」
 それを、と近衛騎士隊長は真面目な顔で言った。
「私は陛下から学ばせて頂いた」
 ヴェルシュは何も言うことができなかった。

 訓練を終え立ち去ろうとしていた騎士見習いの襟をつかんで、ヴェルシュは問いただした。
「庭の池にオタマジャクシを大量に放流したのは君か?」
「え?」
 緑の目を軽く見開く。
「私じゃないですけど?」
「あ、それ、女神官が持って来るのを見たぜ」
 同じく弓術指導にあたっていた近衛騎士が言った。
「…オルト、どうして、止めない?」
「陛下がオタマジャクシがカエルに成長するのを見てみたいって言うから持って来たと言ってたからな。…何かまずかったか?てっきり『学習』の一環だと思ってたんだが」
「………」
 陽神殿の女神官は「魂の導き手」として女王の相談役となっているが、女王の「社会学習」にも熱心だった。
「それにしても、どこでオタマジャクシなんか取ってきたんだろうな」
 オルトにとっては、そちらのほうが余程疑問らしい。
「神殿の裏の池はカエル池って呼ばれるくらい、カエルがたくさんいるんですよ」
 神殿育ちの騎士見習いが言う。
 カエルの収集場所はそこか…。
 ヴェルシュはこめかみを押えた。
「…では以前、陛下の部屋で発見された蛇の抜殻も女神官殿の仕業か…」
「それは私です」
 エセルが悪びれもせずに名乗りを上げた。
「………」
 …貴重な近衛騎士候補ではあるが…。
 できれば、他の騎士団への配属を要請しておこう。女王の身近においておくには危険すぎる。余計な仕事は増やしたくない。
 新人騎士の配属に絶大な権限を持つ青年はすでに来年度の配属予定を決めつつあった。



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