女王と騎士

東天記〜暁光〜(2)

 小さな焚火を不敵な面構えの男達が囲んでいた。将軍直属の将達である。年齢は二十代前半から四十代半ば程までとばらつきがあるが、いかにも戦士という風体の主達だ。この日の戦闘は圧勝に終わったが、浮かれている様子はない。次の攻城戦について真剣に策を練っている。将軍の後ろでラジィールとグェンルに並んで話し合いを傍聴している少女に注意を向ける者はいない。エセルは静かに男達を観察していた。
 観察の結果、エセルは暁王国の「戦神」が負け知らずと言われるはずだと納得した。腕っぷしが強いだけでなく、指揮官としても優れた騎士をこれだけ揃えているのだ。
 将のなかには明らかに異国出身者も含まれている。この直属部隊に関する権限は全てアルク・デュリルその人に委ねられているために、徹底した実力主義が取られているのだ。本来なら直属の将は十人いるというが、残る一人は女騎士で、将軍の許婚の身辺警護についているのだという。将軍いわく、「暁王国にとって、俺より遥かに重要な人間」がその許婚だそうだ。ついでに、その女騎士も忠誠を捧げているのは、将軍の許婚にであって、将軍には手を貸してやっているだけだと日頃から言っているらしい。
「お前もやるか?」
 不意にデュリルが振り向いて、まるで遊びに誘うかのように声をかけた。将達の視線が一斉に集まる。
「おっさんと一緒ってのはいやだよ。持久力ないんだから、付き合ってられない」
 わざと南陽王国語で応じる。デュリルはにやりと笑った。黒褐色の髪の南方人らしい男が手で口元を隠した。三十代前半というところだろうか。その隣の四、五歳は年下だろう男がひじでつついて、何を言ったんだと尋ねている。記憶に間違いがなければ、サジェンとマードだ。
「よし、それじゃあ、いざという時に意志疎通に困らないサジェンに付けよう。疲れた時は一声かけて離脱しろ」
 デュリルはそう言って、先程の南方人を指名した。時間差で投入される後続部隊だ。男はよろしくと手の平を上に差し出した。その上にエセルは自分の手を交差するように重ねた。南方風の握手である。
「サジェン・ガトゥだ」
「エセル・ゼンです」
 サジェンは眉を動かした。目も見開いたかもしれないが、細い目なのではっきりとはわからない。
「神殿育ちか」
「はい。死者を送る言葉は習得ずみです」
「そりゃ心強い」
 短いやり取りを南陽王国語、正確には南方語で交わす。訛りから判断するとやや西よりの恵王国辺りの出身だ。
「東方語が話せないと何かと問題になりませんかね?」
 心配している様子で中年の男が言う。こちらは生粋の暁王国民だろう。やや灰色がかっているが、赤毛で赤銅の肌をしている。名前は恐らくイジャール、この中では最年長と思われる。
「しゃべれないわけじゃない。ただ丁寧なしゃべり方ができないってだけで。聞く分には問題ない」
 そう東方語で言うとイジャールは安心したように頷いたが、ぶっとサジェンが吹き出した。
「南方語でも将軍に対しては変わりないようだが?」
「主君でもないんだから丁寧にしゃべる必要ないって、自分で言ったんですよ」
 だから、サジェンには丁寧にしゃべっているではないかと肩を竦める。
「俺にも丁寧語はいらない。お前さんは部下じゃないからな」
「それじゃ、私の立場は何になるわけ?」
「援軍というところだろう。ま、それだけの戦力になればの話だが」
 侮辱とも取れる言葉を、エセルは軽く流した。これくらいの挑発に乗るほど馬鹿ではない。
「わかった。足手まといにはならないよう、せいぜい努力させてもらうさ」
「話し合いはついたな。一応、紹介しておこう。南陽王国のエセル・ゼンだ。多分、もう知っているだろうが、女だそうだ。口説いてものにするのは自由だぞ」
 にやにやしながらデュリルが将達を見回す。苦笑をこぼしたり、興味を引かれた顔をしたりと男達の反応は様々だ。
「エセル、一度で覚えられるかどうかは知らないが、右から、ラウト、フォルカット、ハルヴェイ、イジャール、ヤザン、マード、サジェン、レム、ナクルだ」
「覚えたよ」
 疑わしそうな顔をする将軍に、名を繰り返してみせる。
「物覚えがいいな」
「今日一日、グェンル殿に戦況を解説してもらったし、さっきから話を聞いてたから、顔と名前を一致させることもできた」
 神殿で育てば、厭でも暗記は得意になるというものだ。
「なんだ、こんな美人に見られてると知ってたら、もっと頑張ったのに」
 褐色のあごひげをなでながら熊のような男、フォルカットが言う。
「娘みたいな年頃の女に色目使って、かみさんに怒られても知らないぞ」
 フォルカットと同じく四十前に見えるハルヴェイが笑いながら肩をたたく。彼はやや細みで灰金髪をしており、さらに、いくらか訛があることから明らかに暁王国の人間ではないとわかる。この二人は北方系らしい。
「堅いことを言うな。色恋に年齢は関係なかろう」
「かみさん持ちは遠慮しろ。若者に道を譲るべきだぞ」
 そう言ったラウトは三十そこそこと思われる。赤味の強い褐色の髪で、やや薄い赤銅の肌をしている。混血だろうか。
「ラウト殿も若者の範疇に入るのか?」
 きょとんとした顔で言ったのは最年少らしいナクルだ。ようやく二十歳を超したばかりというところだろう。そのナクルを、ややおとなしそうな印象を与えるレムが余計なことを言うなとばかりに小突く。
「当たり前だろうが」
 ふんっと鼻を鳴らしてラウトが応じた。
 その言葉にサジェンがにやにや笑う。
「彼女の基準だとすでに将軍は『おっさん』の範疇に入っているらしいぞ」
「げ、それじゃ、俺も『おっさん』なのかっ」
 マードが頭を抱え、その隣でもの思わしげにヤザンが口に手をあてている。マードは二十代後半、ヤザンは二十代半ばに見える。
「男がそんな細かいことを気にするな。大体、こいつは年齢なんざ気にしてないぞ」
 がしがしとエセルの髪をかきまわしながらデュリルが笑う。乱暴な手つきにエセルは顔をしかめて抗議した。
「ったく、こういうことするから、あんたは『おっさん』なんだよっ。まるっきり子供扱いしやがって。ついでに言えば、妙に子供の扱いに手慣れたあたりが所帯じみてるってんだ」
 途端に南方語を解するサジェンとラジィールがげらげら笑い始めた。
「おい、なんて言ったんだよ?」
 笑っているサジェンから聞き出すのは無理と思ってか、マードがヤザンに尋ねた。どうやら、彼も南方語を知っているらしい。
「要するに、将軍は所帯じみているから『おっさん』だというらしい」
 淡々と言うあたりが、ある近衛騎士を思い出させた。
「へぇ。まあ、結婚はしてなくても、あれだけ子供がいればな」
 さもありなんとレムが頷く。
「差別だ、差別」
 熊男とすでにエセルが勝手にあだ名をつけたフォルカットが文句を言う。
「差別じゃなくて、好みの問題だろ。父親みたいな包容力がある人がいいって言う女もいるんだからよ」
 エセルが東方語で言うとハルヴェイがにやっと笑った。
「それで君はどうなんだ?」
「絶対譲れない条件ってのはただ一つ、束縛しない男であること。これだけだ」
 将軍が連れて来たわけだと男達は一様に頷いていた。