女王と騎士

騎士の日常〜荷物持ち編〜

 眩しい光が差し込んだ。
 顔を朝日に直撃されてルーダルは小さく呻いて、薄目を開けた。
「いつまで眠っているつもり?今日は買い物につきあう約束でしょ」
 背の高い少女が衣装棚を引っ掻き回しながら言った。
 衣装棚の中身に関しては自分よりも少女の方が熟知している。
 渋々とルーダルは起き上がった。
 ふと見遣ると寝台が横にある。
 どうやらまた転げ落ちていたようだ。
「今日はこれとこれね。サッシュはこの色」
 服の組み合わせを決めて寝台の上に置く。
 服など着ていればいいと思うのだが、この少女にとっては違うらしい。なにせ女王の衣装係を務めているほどだ。
「ちょっと、ルー、起きてるの?」
 ぐいっと顔を近付けて確認する。
 栗色の前髪が触れそうなほどの至近距離だ。
 …時折、この少女は自分を異性として認識しているのかどうか疑わしくなる。
 初対面で自分の性別をあてた極めて希な眼力の持主なのだが。
 彼女に言わせると男と女では骨格が違うのだそうだ。
「…起きてます」
 ゆっくりとルーダルは立ち上がった。
 いくらなんでも疑問を口に出すことはできない。
 異性だなんて思っていないと面と向かって言われては、さすがに立ち直れる自信はなかった。


 横を向けば、ほぼ同じ高さに少女の顔がある。
 本人いわく、「見ごたえのない顔」だ。他人の服装にはこだわるくせに、自分自身が着飾ろうとしないのは見ごたえがないからだという。
「二人揃って、お出掛けとはお熱いことだな。いや、若い者は羨ましい」
 どこぞのおやじのような言葉をかけたのは、陽神殿の女神官だった。
「いやだ、そんなんじゃないですよ、トーヴァ様」
 明るく笑いながら少女は応じた。
「買い出しです、波羅国の織物商が来たって聞いたので」
「…今日は店開きはしておらぬと思うがな」
 何やら後ろめたそうな顔で女神官が告げる。
 ルーダルは軽く眉を上げた。
「…また、『神殿の教え』を身をもって学ばせたのですか?」
 なにせ一部では「破壊女神官」とささやかれる人物だ。「破戒」ではなく、「破壊」である。この女神官のいる小神殿周辺では警備隊も必要ない。騎士の能力を備えた女神官自らが人々の平穏な生活を妨げる輩を排除して回るからだ。
「いや、あの御仁は教えを守る良き人であったのだがな…良い人間過ぎた。つい調子に乗って酒に付き合わせてしまった」
 うわばみと呼ばれる女神官の酒席につきあわされて、無事で済む人間は極少数しかいない。
 しかし、ルーダルは同情を覚えなかった。どうせ相手の男も下心があったに違いないのだ。女神官は文句なく美人の部類に入る。ただ、その容姿と性格にはかなりの隔たりがあった。
「まあ、もし店開きをしていれば、買いたたくには絶好の機会やもしれぬ」
「そうですね」
 この少女なら、やるだろう。
 資金に困ることはないはずなのだが、この少女、相手の言い値で買ったことはない。商家の出身なので、取引に通じているのだ。
「荷物持ちもいることだし、存分に買うことだな」
 ではな、と深酒の名残を全く見せぬ女神官は颯爽と歩み去った。

 二日酔の商人を値切り倒した少女は機嫌が良かった。早速にどう仕立てようかと構想を練り始めている。美人を三割増美人に見せる衣服を仕立てるのが生きがいなのだという。衣服に興味を持たない自分でも、この少女が仕立てるものが、他のものとは出来が違うことがわかるのだから、その才能は確かなのだろう。
「いい感じ。やっぱり、本人を見て作ってもらうに限るわね」
 細工師が出して来た飾り留めを見て、嬉しそうに少女は言った。王都で評判の若手細工師は、仕事のために先月開かれた闘技大会に通いつめ、王妹を観察してきたとの話だ。
 あまりの熱心さに、某近衛騎士に不審の目を向けられたというが、五体満足でいるところを見ると、かの騎士にも彼が邪心を持たぬことは分かったのだろう。この青年も少女と同類、自分の作品が映える相手にしか作品を渡さないことで有名だ。
 少女はひとしきり仕事の話をしてから、細工師の店を出た。

 王都のはずれに若い女薬師の住まう小さな家がある。次なる目的地はそこであった。人通りの少ない場所で、若い女性が一人で暮らすには危険ではないかと思われるが、実際に危険なのは何も知らずに侵入した人間の方だろう。
 木戸をくぐると、何やら得体の知れぬ香りがした。
「…また、妙なもの、調合しているのかしら?」
 薬師の腕は確かだが、作るものは治療薬だけではない。軒先には薬草や香草にまじって、正体不明の干物が吊されていた。
「こんにちは、シィンさん」
 大鍋をのぞきこんでいた人物はゆっくりと振り向いた。額を飾る緑石が微かに光を反射した。その額飾りは薬師組合から正式に認定を受けた薬師の証である。
「いらっしゃい、ミューカさん、ルーダルさん」
「シェイド殿とイェナ様のお茶、お願いできる?それから、ヴェルシュ殿が混ぜものはしないようにと、おっしゃっていたけど、何まぜたの?」
「…ばれましたか」
 まだまだ手を加えねば駄目ですねと残念そうに言う。
「無味無臭の胃薬を開発中なんですけれど」
「…そんなものを何に使うのですか?」
 毒薬ならともかく、胃薬が無味無臭で何の役に立つのだろう。
「陛下が御所望だそうで。なんでも、重臣達が揃って胃が痛いとうるさいので、会議で出す茶に混ぜておけば文句も減らせるだろうと…」
 女王のことだ、「ちゃんと茶に胃薬を混ぜておいたから安心しろ」とでも言う気なのだろう。
「これが、その胃薬?」
 ぐらぐらと煮立っている大鍋を見ながら、少女が尋ねた。
「いえ。それは、開発中の『対騎士用即効性痺れ薬』です」
「…依頼主は陛下でしょ?」
 薬師は頷き、もの言いたげにルーダルに目を向けた。
 物憂げな線の細い美人に、このような目で見られたら、多くの男は頼みを断れないだろうが、ルーダルの感覚は多少、一般とは異なっていた。
「実験台になるのは遠慮させていただきます」
 残念そうに薬師は溜息をついた。そして、注文の品をとるべく、奥の貯蔵庫に入って行った。

 王都中心街に戻ったのは夕暮れ時だった。細工師の店で預けていた荷物を受け取り、王宮に向かう。山ほどの荷物を抱えたルーダルに誰かがぶつかった。
「気をつけやがれっ!」
 怒鳴りつけた男は、荷物の間からルーダルが顔を覗かせた途端、蒼白になった。
「し、失礼しやしたぁっ」
 くるりと踵を返して、あたふたと逃げて行く。覚えてはいないが、過去に顔を合わせたことがあるのかもしれない。
「有名人よね」
 陛下の顔は知らなくても、近衛騎士の顔は知っている人間の方がずっと多いに違いないと少女は笑った。
 そんなものだろうか。
 ルーダルは自分が女顔で多少人目をひく造作をしていることは認識しているが、それだけであった。自身の容姿が、多少どころか、かなり人目をひくものであることに加えて、その情け容赦ない「処罰」によって、王都中に知れ渡っているという自覚はない。
「よっ、ルー、ミュー、今、帰りか?」
 最も近衛騎士に見えない近衛騎士、オルトが声をかけた。警護の任を終えて、そのまま王宮を出て来たらしい。その姿は町中をうろつく不良青年となんら変わりがない。
「…今月は相次ぐ減俸処分で遊ぶ金はないのではなかったのですか?」
「俺にも一応、蓄えってもんがあるんだ」
 それなら、とルーダルは片手を差し出した。
「先週貸した20アルグ、支払ってください」
「かたいこと言うなって!」
「全然、かたくないです」
「今晩、稼いだら、すぐ返す。じゃーな」
 明るく言い切って、青年はすぐに裏通りに消えた。
「…ねぇ、ルー、あなた、例の賭け、どちらに賭けた?」
 例の賭けというと、やはり、あれだろうか。
「…賭事はしないことにしています」
「賢明よね。陛下のことだから、『人をダシに使いおって!』って、全部没収しそうだもの」
「…アシュリーズ様は『戻って来る』に賭けたそうですが。…高額金貨で」
「あら、それって…。まだ、受付してるのかしら?」
 少女はすぐにそれが女王の差し金であることを見抜いたようだ。王妹はそんな賭けに自ら参加するような性格ではない。
「おそらく」
「それじゃ、私も賭けておきましょ。陛下の結婚式に備えて、礼服を新調しなくちゃならないもの」
 すっかり、この少女は女王が氷晶王国の王弟と結婚するつもりでいるのだ。暇な時は、女王の婚礼衣装について頭をひねっている。
「陛下が面食いで、つくづく良かったと思うわ。仕事のしがいがあるもの」
 女王の衣装係は、必要に応じて、女王に限らず王妹や近衛騎士などの衣服も用意するのだ。
 以前、何故、自分自身でなく他人を着飾るのが楽しいのか尋ねたことがある。答えはいとも簡単なもので、奇麗だからだという。子供が着せ替え人形で遊ぶのと同じようなものらしい。
 ひょっとすると、自分も「人形」のひとつに過ぎないかもしれない。
 そんな疑惑を抱えながら、王宮の通用門をくぐった。

「今日も御苦労さま」
 仕立て用の部屋に荷物を下ろし、ミューカが言った。
「明日もいつもの時間でいいのよね?」
 黙ったまま頷く。
 放っておけば一日でも眠り続ける自分を起こしに来たオルトを寝ぼけたまま思い切り殴って以来、自分を起こすという仕事をしてくれるのは、この少女しかいない。
 現金なやつだとオルトは文句をつける。
 他の人間がいくら声をかけても起きないのに、ミューカだと一声で起きるからだ。
 問題はその理由をミューカ自身は理解していないことだ。
 すでに布地を広げて仕事の体勢に入った少女を眺めながらルーダルが小さく溜息をこぼしたことにも、当の本人は気づいていなかった。