女王と騎士

騎士の日常〜護衛登用編〜

 安くてうまい酒がある国はいい国だ。
 それが先年の冬に死んだ父親の口癖だった。
 その言葉は間違っていないと、やはり父親とともに諸国を巡り歩いて来た彼は思っている。空になった杯を振って、店の女にお代わりを要求する。女はすぐ行きますよと声をかけて、手にした料理の皿を奥のテーブルへと運んで行った。
 店の中は仕事帰りに一杯ひっかけて陽気に騒ぐ男達で溢れ、なかなか繁盛しているようだ。男達の表情は明るく、日々の暮らしに満足している様子が伺える。
 どうやら、この国もいい国らしい。都全体が活気に満ちている。つい数カ月前まで滞在していた、最古の王国と言われる輝珠王国の王都は壮麗さにおいて比類がないが、頽廃の気配が漂っていた。貧富の差が激しく、毎夜のごとく貴族が宴を繰り広げる一方で、下層民には餓死者が出た。土台からゆっくりと崩れてゆくのが感じられた。だが、権力をめぐり私兵をかき集めて競い合う貴族達はそのことに気付いていなかった。彼はそんな貴族の一人に雇われていた。報酬も待遇も良かったのだが、傲慢な貴族の護衛あるいは政敵の襲撃という仕事は彼の性格には合わなかった。なによりつまらなかったので、彼は契約の更新を止めて輝珠王国を出たのだった。
「はいよ、お待たせ、お兄さん。あんた、この国は初めてかね?」
 なみなみと麦酒を注ぎながら女が聞く。
「いや。でも初めてみたいなもんかな?前、来た時は小さい餓鬼の頃だったからさ。酒の味も覚えちゃいない」
 女は朗らかに笑った。その笑い声を突き破って、荒っぽい男の声が響いた。
「なんだと、もう一度、言ってみやがれ、この餓鬼っ!」
 女が眉をひそめた。彼がひょいと首をのばすと、戸口に近い席で男が立ち上がるのが見えた。
「耳が遠いのか?許しも得ずに私の前に座るなと言ったのだ。今度は聞こえたろう?」
 ずけずけ言う声は、どう聞いても子供の声だった。いい度胸である。
 もっとよく見ようと彼は腰を上げた。
 十二、三歳の少女がついとあごをそらして流れの騎士らしい男と睨み合っている。落ち着き払った少女の態度は不遜ですらある。すっと鼻筋の通った美少女なのだが、美少女だと思う前に、態度がでかいと思わせる何かが備わっていた。良家の娘と思われる身なりの良さではあるのだが、箱入り娘という形容とは程遠い存在だ。
「止めた方がいいんじゃねぇの?あの男、騒ぎを起こして代金踏み倒そうって口だぜ?」
「大丈夫さ。女神官様がいらっしゃるから」
 女は事もなげに言うと背を向けた。
「へ?女神官?」
 少女に向かって手を振り上げた男の頭を酒杯がすこーんと直撃した。
「いくら女にもてぬからといってな、女未満の子供に手だしするのはどうかと思うぞ?」
 涼やかな声が響く。声の主は職人風の男達に囲まれたテーブルにいた。
 若い女である。しかも、神官のしるしを頬に帯び、神官服を纏っている。どう見ても女神官に外ならないのだが、女神官がいるにしては、居酒屋という場所はあまりにそぐわぬ場所だった。
「その御面相と三流以下の腕前ではもてぬのも当然ではあるがな」
「けっ、女神官がこんな所で男漁りかよ」
 三流以下と言い切られるのも無理はないなと彼は肩を竦めて腰を下ろした。
 自分だったら、金貨を積まれたって、あの女神官に喧嘩を売ったりしない。
「違うな。漁るまでもなく黙っていれば向こうからよって来る。私は心弱きものが神殿の教えに背かぬよう見張っておるのだ」
 すいっと女神官は立ち上がると男の前に移動した。
「私も聖職にある者。無用な争いは避けねばならない」
 途端に周囲の男達が笑い始めた。女神官は気にせず、先を続けた。
「おとなしく酒代を置いて立ち去るならば、見逃してやろう」
「ふざけんな、このアマっ」
 次の瞬間、男は白目を剥いて倒れた―否、倒れようとしたところを、女神官に胸倉をつかまれて、途中で止まった。女神官は片手で男の体を支えたまま、男の懐をまさぐり、小銭入れを引っ張り出した。それをテーブルの上に放ると、男を戸口へひきずって行き、通りに投げ捨てた。
 彼には男達が笑った理由がよくわかった。この女神官、最初っから見逃してやる気などなかったのだ。
 男達がやんやと喝采を送る中、小銭入れをあけて、少女が中身を勘定し始めている。
「ふむ、三流以下の流れの騎士の懐具合というのはこの程度か。哀れなものよな」
 つぶやきであったが、騎士能力保持者である彼の耳には届いていた。五感の鋭さというのも、騎士の特質だ。
 懐具合と腕は比例するわけじゃない。
 自分の懐を押え、彼は心のなかでつぶやいていた。


 安宿で荷をほどくと、彼は仕事を探しに出掛けた。居酒屋の主に声をかけ、なにか仕事がないか聞いて回るが、平和な国では傭兵の需要はさほどない。幾つかの居酒屋で顔を売り込んだ後、仕事にあぶれた流れの騎士達の溜まり場だと教えてもらった場所へと足を向けた。そこもやはり居酒屋で、主の顔が広いために仕事の斡旋の中心になっているらしい。裏通りのあまり治安のよろしくない場所だが、だからこそ、流れの騎士にはうってつけの場所とも言えた。日中は人通りも少なく、表通りの賑わいも届かない。日が沈めば、打って変わって喧噪に満ち溢れることだろう。目的の店の前では、たむろしている男達にまじって、金茶の髪の子供が賽子を転がしていた。そのなかにいる騎士の息子なのか、荒っぽい男達相手に減らず口をたたき、一緒になって笑っている。十歳そこそこと思われる子供は昔の自分を思い出させた。旅続きの生活では同年代の子供と親しくなる機会はあまりなく、暇を持て余す傭兵がしばしば遊び相手となった。彼らからは良いことも悪いことも学んだ。入り口に立つとちらりと子供が顔を上げ、目が合うとにやりと笑った。鮮やかな緑の目が印象に残る。
 猫のような小僧だなと思いながら、彼は店に足を踏みいれた。仕事はないかと主らしい髭面の男に声をかけると、男はじろじろと彼を眺め回し、ふむ、と唸った。引退した流れの騎士らしく、その視線はなかなか鋭かった。腕も相当のものだろう。
「文字は書けるか?」
「一通りは書けるぜ。読むだけなら、南方語と共通語はほぼ完璧」
「ほう、珍しいな」
「親父が元国仕えの騎士だったんでね」
 読み書き計算は出来た方が仕事に役立つと好奇心旺盛な息子をうまく操りながら教え込んだのだ。
「得意の得物は?」
「これといってない。ま、剣、弓、槍、投石器は扱える」
「名前は?」
「オルト・マフィズ」
 それから店主は更に、年齢、滞在中の宿を聞き、ひょっとしたら仕事があるかもしれないと言った。
「ひょっとしたらってのは何なんだ?」
「先方に気にいられたならばということだ」
 条件が厳しいんでなと、苦笑まじりに店主は応えた。
 店を出ると、先程の子供は消えており男達だけで賭けを続けていた。オルトはさっそくに仲間に加わり、親交を深めたのだった。


 赤い小振りな果物がひょいと飛んだ。
 どうもいけない。
 片手で果物を受け止めながら、オルトは心のなかでつぶやいた。
 果物は淦実といって、南部でよく採れるものだった。
「そこの貧乏人」
 オルトはそれが自分に向けられたものとは認識しなかった。気にも留めず、角を曲がって細い通りに入った。
 あんまり隙がありすぎると、つい、手が出っちまうんだよななどと考えていると、再び声がした。
「さっき、店先から淦実をくすねた貧乏人」
 見られた。
 ぎくりとオルトは足を止めた。おそるおそる振り返ったが、誰もいない。
「騎士のくせして、淦実一個買えぬのか」
 視線を落としてようやく声の主を見いだした。
 先日、居酒屋にいた小娘だ。見上げているのに、なんだか見下ろされているような気分にさせられる態度のでかさは生れつきのものだろうか。
「…なんだよ、お前?俺に用があるのか?」
「流れの騎士の懐具合を調査しておるのだ」
「答えになってねぇぞ」
「名前ならラーナだが?」
「そうじゃなくて、分かるように説明しろってことだよ。なんで、俺の後をつけてるんだ?」
「だから、さっき申したであろう?」
「俺の懐具合を知りたいってことか?」
「そうだ」
 大真面目に頷いてみせる。
 変な餓鬼だ。だが、そんな変なところに興味を引かれた。
「そらよ」
 オルトは自分の銭入れを差し出した。はっきり言って、あまり重くはない。
「ちゃんと金を持っているのに盗みを働くとは不届き者めが。…これは輝珠王国の金貨だな?」
 唯一残った金貨を抜き取って確認する。
「よく知ってんな、その通りだ」
「不細工な王の横顔を刻み込んでいるから記憶に残っているのだ。あそこの金貨は質は良いが悪趣味だ」
 輝珠王国と言えば、多くの人間が畏怖の念を抱くものだが、この少女は違うらしい。
「悪趣味か、そりゃあいい」
 げらげら笑っていると、少女は暗色の石を指先につまんだ。
「これは夜虹石か?」
「よく分かったな。金貨を持ち歩くのが面倒な時はそうやって宝石なんかに変えるのさ。産地から遠い国で売れば、もうけも出るしな」
 この辺りでは一般的でない宝石の名前を一目で当てるとは、よほど、見慣れているに違いない。これはたいしたところのお嬢様らしい。
「成程。これだけか?」
 銭入れを返しながら、少女が尋ねる。
「あ?他にも服の裏に縫い付けたり、色々と隠してるぜ。ゆうべみたいに銭入れ調べただけじゃ、懐具合は調べられないってことだ」
 今はさして隠せる財産もないがとオルトは心の中で付け加えた。しかし、どんなに金に困っても、刀一振りを調達できる程度の財は常に備えておくのが流れの騎士の心得である。商売道具がなければ仕事にならない。
「ふむ、身ぐるみ剥がねば分からぬというわけか」
「そういうこと」
 オルトはしっかりと銭入れを懐の奥にしまいこんだ。
「トーヴァめ、知っていて黙っておったな」
 ぶつぶつと少女が文句をつける。
「なんで、流れの騎士の懐具合なんぞを調べようと思ったんだ?」
「騎士を雇いたいのだ。長く雇うには日ごろの懐具合を知っておいた方が、どれだけ支払えば満足するか、分かると思ったのだ」
「ふうん?どの程度の騎士が必要なんだ?」
「一流の騎士を相手にして死なずにすむ騎士で世間に通じている者がよい」
「そりゃまた随分と」
 とっさにオルトは少女の腕をつかむと身を翻した。鋭い音を立てて空気が切れた。魔法騎士の使う風刃だ。
「一流所に狙われるような悪さをしでかしたのか?」
「妬まれておるだけだ」
「だけだって言ってもなぁ」
 表通りに逃れて、近くの店に少女を押し込む。端切れ屋らしく、色とりどりの布が並べられていた。奥にいた店の主が驚いたように見、オルトは軽く片手を上げた。
「悪いな。ちょっとだけ、匿ってくれよ」
 柄に手をかけて、表の様子を伺う。相手は三人。やってやれない数でもないが、ちょっとばかし不利だ。だが、もしも、予想どおりの相手ならば…。
「賭けをせぬか?」
 まったく緊張感に欠けた声が響く。
「なんだって?」
「私が生きのびるかどうか」
 平然とした顔で少女は言う。自分の命が危険にさらされていることが分からぬわけでもあるまいに、この落ち着きぶりは異様だった。
「…おい」
 呆れて肩を落とす。こんな事態に慣れているとは、余程「妬み」とやらを買っているに違いない。
「そんなもん、賭けにはならねぇんだよっ」
 言って、オルトは通りに飛び出した。斜めから空間を切り裂いた風刃を気を込めた刃の一振りで軽く弾いて進路をそらし、店に向かって飛び込もうとした男の背中に振り向き様に切りつける。それが卑怯だという意識は全くない。子供の命を狙うという行為に及んだ時点で、男が他者を卑怯と罵る権利は消えている。それに、命のやりとりをするのに、敵に背を向ける方が悪い。動揺が走るのを感じ、オルトは確信を強めた。
 こいつらは、主持ちだ。
 流れの騎士達は決して敵に背を向けない。それは確実に死を意味する。
 一方、身分として「騎士」の称号を持つ騎士達は敵に背後から切り付けることを由としない。彼らが幼い頃から教え込まれる流儀では、それは卑怯なこととされ、禁じられている。だから、平気で敵に背を向けるのだ。このことは一方で自分の価値観を絶対のものとする傲慢さの現れとも言えた。オルトに言わせれば、背中から切り付けるよりも、主の命令だからといって、無力な人間を平気で殺そうとする連中の方がよほど卑怯だった。
 オルトは敵に動揺から冷める時間を与えてやるほど寛容ではなかった。
 わずかに遅れた魔法攻撃をかわして、間合に踏み込むと身を屈めて、斜めから相手の剣を跳ね上げる。間髪入れずに刃を返し様に、すいと撫で切るようにして、右腕の腱を断ち切った。ぎゃあと悲鳴を上げて男は剣を取り落とした。そこに回し蹴りを加えて路面にたたき伏せると、オルトは最後の一人に向き直った。背中から切り付けることにためらいを覚えていた男がやあと気合声を発して切り込んで来る。
「遅いって」
 苦笑をもらしながら、後ろに飛びのく。間合を外された男の剣が空をないだ。次の瞬間、胴に峰打ちを食らい、男は昏倒した。
「殺生は好きではないようだな」
 見計らっていたように、実際にそうなのだろうが、女神官が姿を現した。
「あったりまえ。いちいちとどめを刺すなんて面倒だし、金にもならんのに刃を傷めたくないぜ、俺は」
 血脂を拭って刃を鞘に収めながら言う。研ぎ代だって馬鹿にはならない。
「それに、色々と聞き出したいんじゃねぇの?」
「それは白狸の役目で私の管轄ではない」
 誰のことかは知らないが白狸とはまた妙なあだ名をつけたものだ。
 女神官は腕を切られて呻いている男の襟首をつかみ、顔を上げさせた。
「私の顔を知っているな?私もお前の顔を知っておるぞ。主に伝えよ。今回までは見逃すが、次は私が直々、冥府に導いてやるとな」
 ただでさえ、悪い顔色をますます悪くさせ、男は卒倒せんばかりだった。女神官はそんな男に構わず、マントを裂いて止血を施すと男を引き立てた。
「さ、主のもとへ戻るがいい。残る二人は私が預かる」
 妙に優しげな声は男の恐怖をますます煽ったらしく、男は自身の能力に許される限りの早さで逃げ去った。
「賭けにはならぬとは自分の腕に自信あってのことか?」
 店から出て来た少女が血まみれの襲撃者に恐怖を感じている様子なしに尋ねた。
「へ?まさかぁ」
 ひらひらとオルトは手を振った。
「そこの女神官さんが近くにいるってのが分かってたからさ」
「成程な」
 女神官は背を切られて呻いている男を速やかに静かにさせると、片手で引きずり上げた。更に、もう一人をも軽々と片手に抱える。
「白狸へ届けに行きますよ」
「うむ。今回は助かった。礼を言う」
 少女は律義に頭を下げた。
「それでは、また会おう、オルト・マフィズ」
「ん、ああ」
 じゃあなと手を振って、オルトは女神官と少女を見送った。
「…あれ?」
 俺、名前を言ったか?
 ちょっと考えたが思い出せない。
 …まあ、いいか。
 オルトは何事もなかったかのように歩き始めた。懐から淦実を取り出してかじる。口に広がる甘酸っぱさを味わいながら、店先に目をやる。
 あれは何だろ?
 すでに、彼の頭の中からは先程の出来事はきれいさっぱり消えていた。

 目が覚めると、湿っぽい藁の上に寝転がっていた。
「…あ?」
 薄暗い、石の壁に囲まれた空間は妙になじみ深く感じられる。
 オルトは起き上がって頭をかいた。藁くずがはらりと髪から落ちる。
 いい気分に酔っ払って騒いだことまでは、はっきりと覚えている。それから…。
「飲み過ぎた…」
 居酒屋中を巻き込んだ大乱闘に加わり、警備隊にしょっぴかれたのだ。警備隊の中には騎士も交じっていたような気がする。この通常よりも頑丈に造られた牢は騎士用のものだ。酔っ払っていても手加減はしていたので、同じ騎士以外には騎士と見抜けなかったはずだから、多分、気のせいではなかったのだろう。
「さて、どうするかな」
 小さな出入り口の前まで移動して錠を調べる。
 これなら、開けられないこともない。しかし、脱獄すると更に罪が重くなるので、まずは様子を見てからだ。不当な処罰を課されるようであれば、さっさとおさらばするに限る。牢に入ってみるのも国の良し悪しを判断する基準になるよなとオルトは考えていた。
 喉が渇いたなと周囲を見回し、隅に水差しを見付けた。中は古い水ではない。
 もう一眠りするかとオルトは藁の上に横になった。

 こつんと何か小さいものが当たった。起き上がって見るとそれは小さな賽だった。
「賭けをせぬか?」
 牢の前に、あの少女がしゃがみ込んでいた。
「…どうやって、こんなとこに入り込んだんだよ?」
「蛇の道は蛇というであろう。それなりの方法があるのだ」
 偉そうに言うが、そのふてぶてしい態度が妙に似合っている。
「そなたが賭けに勝ったら、ここから出してやる。負けたら、おとなしく私に雇われろ。まあ、報酬は悪くないと思うぞ」
「あんたに雇われるって…。ああいう連中に四六時中、狙われるってことだろうが。いくら報酬が良くても御免だぞ」
「確実に数は減っておるぞ。まあ、今の所、せいぜい、月に一度あるかどうかだ。たまには刺激があるのも良かろう?それに、今まで私は生き延びておるぞ」
 まあ月の報酬はこのくらいかなと指を立てる。
「金貨でだぞ。護衛の報酬には十分だろう?」
「うっ」
 …今のところ仕事も見つからないし、勝てば、牢から出られるし…どっちに転んでも自分の懐は痛まない。
「よし、のった!」
 うまい話には裏がある。
 その言葉をオルトが思い出すのは、それからすぐのことであった。

 身元引き受け人として現れたのは軍服に身を包んだ中年の男だった。
 顔は似ていないが、彼と契約を結んだ娘の父親だろうかなどと考えながら、オルトは男を観察した。
 主持ちの騎士であることは間違いないが、連中がよく流れの騎士に向ける侮蔑の色はない。厳格な印象があるが他人よりも自分に厳しい性格であるように感じられた。
 じろじろ見ていると、感情を読ませぬ青い目で見据えられ、オルトは身を竦めた。
 あの女神官といい、この男といい、南陽王国にはおっかない騎士が多いのだろうか。
 男は手短に挨拶と自己紹介をし、必要な手続きを済ませるとオルトを外に連れ出した。オルトには二日ぶりの太陽が眩しく感じられた。案内され馬車に乗り込むと、男はオルトに向かってゆっくりと言った。
「まずは王宮に出入りするのに必要最低限の礼儀作法を覚えてもらう」
「へ?王宮?なんで王宮に行かなきゃならないんだ?」
 上等な馬車だと布ばりの座席を撫でながらオルトは聞き返した。
「アシャラ−ナ様と契約を結んだのであろう?」
「それと王宮とどう関係あるんだ?」
 男は眉を寄せた。
「どうやら、何も必要なことをおっしゃってはおられぬようだな。そなたが契約を結んだ相手、アシャラーナ様はこの南陽王国の第一王女であらせられる」
 オルトは、かぱっと口を開け、大きく息を吸い込むと一気に吐き出した。
「詐欺だぁっ!あんなのが王家の姫君だなんて、納得いかねぇっ!」
 ただ、あの態度のでかさにだけは納得がいく。だが、どうして、王女という身分にある者が、ほいほいと出歩き、あまつさえ、牢獄なんて場所にまで足を運ぶのだ!
 シェイド・エウリクと名乗った男は冷静な目であわてふためいているオルトを眺めていた。
「何と言おうと事実は変わらぬ。契約を結んだ以上は己が務めを果すがよい」
 職務に忠実な男はそう言って、その言葉の通り行動した。
 その日から、オルトはびしばしと礼儀作法を仕込まれたのであった。


 やっぱ、割りが合わねぇ気がするよな…。
 主が神経を逆なでして怒らせたごろつきを地に沈めながらオルトは考えていた。
 今現在のオルトの仕事はお忍びの際の護衛である。いずれ王となる者が下々の生活を知っておこうとする態度はよしとしよう。だが、下々でも最下層の人間達が暮らす空間に足を運びたがるのだ、この「姫君」は。そして、必ず揉め事を引き起こす。
 オルトはがしがしと頭をかいて、主を見た。
「なぁ、どうして、そんなに喧嘩売って歩かなきゃならねぇんだよ?」
 喧嘩好きを認める自分がそう思うくらいだから、相当なものである。その問いに王女は微かに首を傾げた。
「喧嘩を売ってなんかいないぞ?」
「じゃあ、さっきのは何だよ?」
「さっきの…?私は事実を申したまでのことだ」
「事実って…」
「見苦しいものを見苦しいと言って何が悪いっ!それとも、そなたはこの男が美しいとでも言うのか?」
 だらしなく伸びた人相の悪い男に指を突き付けて言う。
「私は間違ったことは言ってないぞっ」
 何かが違う。違うのだが、オルトにも理解できたことがひとつあった。
「…要するに、面食いなんだな」
 ようやく、この王女の判断基準が理解できた。
「メンクイとはなんだ?先程、この不細工が申した言葉にも理解できぬものがあったが」
 なんだ、姫君らしい点もあるんだなと妙なところでオルトは感心した。男が使った俗語は良家の子女ならば、一生、耳にしないで終わるようなものも含まれている。深く考えずに解説してやったオルトであったが、後に後悔することになった。物覚えの良い王女は行く先々で新しい語彙を披露し、さらなる騒動を引き起こすことになったのである。
 後悔したのはオルトだけではなかった。王女が俗語の語彙を飛躍的に増やしたことを嘆き、何人もの廷臣が契約解消を求めたが、王女は聞く耳を持たなかった。
「そなたらが、護衛をつけろとうるさく申したからつけたのだ!それとも、自分の言うたことを忘れたか、耄碌じじぃどもめ」
 さらに、耳をふさぎたくなるような悪口雑言を続けられ、ついに、彼らは折れた。覆水盆に返らず。この事があって以来、今までにもまして、廷臣達は王女の前で迂闊なことを言わぬよう気を付けるようになったという…。

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