女王と騎士

騎士の日常〜女王陛下の計画編〜

 南陽王国の始まりはおよそ三百年程前のことで、毎年、秋の終わりには建国記念式が行われる。それは収穫祭を兼ねた、一年で最も盛大な祝祭でもあった。そして、女王が各地域の収穫量に応じた課税の検討会議から解放される時期と丁度重なっていた。ゆえに、女王がお祭り騒ぎに気合を入れるのも当然と言えば当然の成り行きだった。
「なにっ、今年は結婚式もあったから、規模を小さくしろだとっ。けちくさいことを言いおって!凶作ならともかく、全般的に豊作であったろうが」
 財務大臣相手に怒鳴る女王の姿は生気に満ちている。財務大臣をはじめとする担当官達はせっせと理由を並べて説得するが女王は耳を貸さない。女王の頭の中では、祭りを例年通りに行うことは、すでに決定事項だったのだ。今更、計画を変更する気はない。
「めでたいことがあったのだから、規模を大きくしても良いくらいだと思っておったものを。金がないというなら、猫ばばしている領主どものもとに、がんがん監査官を送り込んで絞り取るが良かろう」
 女王はすっかり臍を曲げている。
「特に東の領地は視察が必要だ。怪しげな数値が並んでおったわ!気付いていないとは言わせぬぞ」
 琥珀の目に睨まれて文官達は竦み上がった。思い切り機嫌を損ねている時の女王には道理は通じなくなっている。財務大臣は登用されて間もなく、すっかり気迫を呑まれて立ち尽くしていた。いずれ彼も女王と正面から渡り合えるだけの度胸を身につけるであろうし、そして、すぐに他の大臣達から、こういう時の対処方法を教えてもらえることだろう。
 この秋、近衛騎士に任命されたばかりの少年達はすでに対処方法を知っていた。すなわち、速やかに一時撤退して女王の夫に泣きつけば良いのである。
「下がれ!」
 女王の一喝に、すごすごと文官達は引き上げて行った。
 ぶつぶつと口の中で何か文句をつぶやいていた女王が不意に新米の近衛騎士達に目を転じた。
「フィル!」
「はいっ」
 名を呼ばれて背の高い少年は反射的に背筋をぴんと伸ばした。顔以外は父親に似たらしいフィルは今ぐんぐんと身長を伸ばしている。彼の父親は南陽王国の民にしては珍しいほど大柄な男だったのだ。
「そなた、本神殿の若い女神官との関係があやしいという噂だが、まことか?」
「え?関係があやしい?」
 一体、領主の不正と本神殿の間に何の関わりがあるのだろうとフィルは眉を寄せた。
「神殿できれいな女神官と仲良さそうに話しておったと騎士見習いの娘達がきゃあきゃあ騒いでおったぞ」
 今年、新しく王宮に受け入れた騎士見習いは例年になく少女が多く、賑やかであることはフィルも知っていた。女騎士が少ないのは、騎士能力を持って生まれても、騎士になる訓練を受ける者が少ないからであり、騎士能力保持者の数自体に男女差はない。現在は女王の治世下ということもあって、騎士を目指す少女が徐々に増えつつあった。
「リシュテのことですか?彼女はユリクの『兄弟姉妹』ですし、あやしいところはないと思いますが」
 珍しいものを見るように女王はまじまじとフィルを見詰めた。隣ではユリクが必死で笑いを堪えている。
「そなた、性格も父親に似たのだな」
 数年前に死亡した彼の父親もまた近衛騎士であったため、女王もよく知っているのだ。
「はい?」
 ユリクが脇腹をつついて、小声でささやいた。
「陛下がおっしゃっている関係っていうのは、男女関係のことだ」
「え?ええっ!?」
 ようやく意味を悟ったフィルは真っ赤になった。
 それが噂の真実を証明している。
 つまらぬと女王は矛先を変えた。
「ユリク、そなたはどうなのだ?とんと噂を聞かぬが?」
「私は神官位を得ておりますし、そう派手に噂を流されては困りますので、自粛しております」
 真面目な外見そのものに答えるが、女王は信じなかったようだ。
「こういう時にオルトやエセルがいれば便利なのだが…そう言えば、そなた、エセルと噂があったな?」
 女王は至尊の地位にありながら、やたらと噂話に通じている。
「否定はしませんが…エセルと噂になったのは、たまたま彼女の性別が女性だったからというだけで、フィルとの間に噂を立てるのと同じことだと思います」
 その言葉に女王は笑ったが、フィルは引きつっていた。そんな噂、立てられてたまるかというのが正直な気持ちであった。

 銀髪の青年は女王の言い分を静かに聞いていた。口を挟むでもなく、ただ黙って聞いている。ひょっとしたら、聞いてなどいないのかもしれない。同じ疑いを女王も抱いたらしく、一度、言葉を切って、夫を正面から見据えた。
「聞いているのか、クルス・アディン?」
「聞いています。陛下は祭りの規模を縮小することに反対なさっているというわけですね。そして、財務大臣達は祝祭にかかる年間経費を増やすことに反対していると」
 青年は愚痴と罵り言葉を除いた要点のみを的確に拾って述べた。
「そうだ」
「多分、なんとかなると思いますよ。ですから…」
 微かにクルス・アディンはその青い瞳に笑みを浮かべた。
「これから謁見する碧海王国の大使殿に八つ当りするのはお止め下さい」
 女王はつつと目をそらした。新任の大使をわざと困らせて鬱憤ばらしをしようと思っていたことは見え見えである。
「陛下、お召し替えの時間です」
 衣装係の娘が呼びに現れた。仕事熱心な衣装係は時間に正確だ。
「本当になんとかなるのだな?」
 女王は夫に向かって確認した。
「嘘は申し上げません」
 陛下と違って、との声が聞こえそうだった。
「いいだろう」
 女王は立ち上がって出入り口に向かった。
「陛下、居眠りも駄目ですからね」
 近ごろ、気候がよくなり、お昼寝をよくなさっているようですからと付け加える。女王は眠るくらい無害だからいいじゃなかとぶつぶつ言いながら出て行った。
 同時に勤務交替時間となった少年達はほっと肩の力を抜いた。大使との会談の場に、護衛として控えるのは専ら女騎士のイェナで、時折、シェイドかヴェルシュがその任に当たることもある。女王の暴走を事前に止めることが可能な近衛騎士が配置されるのだ。
 最年少の近衛騎士達は女王の夫に向かって一礼すると部屋を出た。
「…何だか、クルス・アディン殿、次第にシェイド殿とヴェルシュ殿に似てきたみたいだね」
 フィルは廊下を歩きながらぽつりと言った。
「僕は次第に地が見えて来ただけじゃないかと思うよ」
 小さく笑う友人を横目に見ながら、フィルは同類には分かるってことなのかなと心のなかで考えていた。


 クルス・アディンは女王いわくの狸仲間、近衛騎士ヴェルシュを含めた文官達と話し合っていた。
「不正を行っている貴族を王宮に招かないというだけでは、消極的すぎませんか?」
 監査官を束ねる役目にある人物が不満を表明する。クルスはやんわりと言葉を返した。
「これは一種の威しだ。威して行いを正せば、それでよし。飽くまで言い掛かりだと否定するなら厳しく処罰する。まあ、一人二人は見せしめが必要だろうな。身分が高くなるほど、王宮に招待されないという不名誉は避けようとするし、身分にも執着するから、それなりの効果はあるはずだ」
 建国記念式典には毎年、国内の主要貴族が王宮に招かれることになっており、それは身分の象徴にもなっていた。
「確かに、連中から、きっちりと公正な税を取り立てれば、祭の費用は軽く捻出できますね。全員、裁くのも手間がかかりますし、今の情勢において国内貴族にむやみに動揺を与えるわけにもいきませんから」
 ヴェルシュが同意を示す。しばらく、検討した後、この線に沿って進めることを彼らは決めた。
「後、確定はしていないけれど、ひょっとしたら、臨時収入があるかもしれない」
 怪訝そうな目を向けた文官達にクルスは微かに笑い、分かったら教えると告げて、別の問題に取り掛かった。


 女王がいたって健康であるために、重臣達の頭痛と胃痛、並びに騎士見習いの怪我の手当をするくらいしか仕事がないと言われている御殿医は専門外ですからなぁと前置きをおいてから、結果を口にした。
「しかし、余程、陛下が一般の女性と異なる体質でない限り、御懐妊でしょう」
 その言葉に、女王はぱちくりと瞬きした。やはりそうでしたかと、その夫は少々複雑そうな表情だ。
「万事順調ということだな」
 ふむと一人頷く女王に、医師は溜息をついた。
「…御本人より先に御夫君が気付かれるなど、前代未聞でございますよ」
 ふんっと女王は鼻を鳴らした。
「別に構わぬではないか、こうして分かったのだから」
「陛下は女性としての御自覚がなさすぎます」
「私は自分が女以外のものだと思ったことなぞないぞ」
「そういうことを申し上げているわけではありません。心配りの問題です」
「五十年間、男しかやってないじじぃに、女の心配りなどを指導されたくないわ!」
「そんなじじぃに、このようなことを言わせる御自分をお恥ずかしく思いなされ」
 女王がおむつをしている頃から侍医をしている人物は女王の悪口雑言にも慣れている。ちなみに、女王を取り上げたのは産婆を生業にしている彼の妻であった。
「ともあれ、しばらくは安静になさいませ。動くなとは申しませんから、転んだりなさらぬよう、くれぐれも御注意ください。よいですな」
「わかった。これで政務を堂々とさぼれるわけだ」
「政務は通常どおり行えます」
 病気とは違うのですからなと医師はすまし顔で応じる。妊婦はいたわるものなのだろうがとぎゃいぎゃいと妻が医師にかみついている横で、その夫はすでに立てつつあった今後の対策に検討を加えていた。


 女王懐妊の知らせは、瞬く間に南陽王国中に広まった。両手を挙げて喜ぶ者から忌ま忌ましげに顔をしかめる者まで、その反応は実に様々だった。
 近衛騎士達は概ね好意的に受け止めているが、その反応には微妙なばらつきがある。
「…陛下に子供が生まれたら、やっぱり陛下そっくりになるのかな」
 王宮の庭にある池のほとりに腰を下ろしていたフィルがなんだか怖い想像をしてしまったらしく、そうつぶやいた。
 夏の間、池にたくさんいた蛙の姿は見えなくなっている。それらの蛙は女王にとって一種の愛玩動物であった。今年の夏は蛙を他所から手土産に運び込んでくる少女が不在であったために種類は少なかったが、すでに住みついている蛙も少なくないので数自体はそう変化したようには見えなかった。
「クルス・アディン殿に似るかもしれないよ」
 そっちも結構、怖いかもしれないけれどと思いながら、ユリクは言った。しかし、近衛騎士としてみれば、女王そっくりの人間に増えられるよりは女王の抑え役が増えた方が良い。
「うん、その方がいいな」
 ユリクとは別の観点からフィルは言った。
 王宮の庭で女王母子が蛙取りする光景はあまり歓迎されるべきものではない。
 一番、避けたいのは女王そっくりの娘が生まれることなんじゃないだろうかとフィルは考えていた。

 クルス・アディンとヴェルシュは女王不在の執務室でその日も話し合いを進めていた。近ごろヴェルシュは近衛騎士というより女王の夫の側近となりつつあると一部では評判になっている。年齢も近く、頭の回転速度も近い彼らは話が合う様子だ。
 まず彼らが問題にしたのは女王の身辺警護の強化だった。なにしろ世継ぎの誕生を歓迎しない者もいる。妊娠及び出産にはある程度の危険がつきものであり、更に、妊娠中はちょっとした「事故」が命取りにもなる。それだけ暗殺がたやすくなるということだ。
「あの女薬師殿を王宮に招こうと思うんだが」
 彼女は腕の良い薬師であるし、毒薬にも造形が深い。毒殺への防御手段としては最良の登用だろう。おまけに女性であるので、女王のそば近くに置くになんら問題はない。そうクルスは淡々と理由を連ねた。
「…まあ、妥当ですね」
 ヴェルシュが不承不承ながら同意を示す。女薬師は彼にとって頭痛の種のひとつである。居場所が変わったくらいでそれに変わりはない。
「近くにいる方が君も監視しやすいだろう?」
 からかっているのかとヴェルシュは茶色の目を銀髪の青年に向けたが、彼はごく真面目な顔をしていた。
「何をしでかすかわからない人物を見ているのは心臓に悪いが、かといって、目に入らぬところにいられると、いつ何をしでかすかわからない分、尚更、心臓に悪い」
 それは結婚して半年に満たぬ夫がその妻に抱いている感想でもあった。

 周囲の思惑はどこ吹く風で女王はご満悦であった。
 ひきりなしに祝いの品、クルス・アディンの言うところの臨時収入を携えて王宮を訪れ、祝辞を述べる使者達は身体に障ってはいけないと早めに引き上げるのだが、いつもと違い少々長引いたところで、御機嫌の女王は気にもならぬ様子だ。
 万事順調。
 望みどおり夫を得たし、次は後継ぎも得た。男女どちらでもかまわない。一人でも子供を生めば、君主としての義務は果したことになる。
「しかし、一人だけだと心もとないな。少なくとも、後一人か二人は生まねばなるまい。双子だと楽なんだが」
 女王は夫にも相談せず一人で家族計画を立てつつある。そして、予想通りに、くるりと双子の妹に向き直って言った。
「リーズも早く子供をつくってくれ」
「…王位継承権第一位の未婚の王妹が子供を産むわけにはいかないだろう」
 やはり来たと思いながら、アシュリーズは淡々と応じた。
「なに、これからつくれば、産まれる頃には王位継承権を放棄して結婚も済ませておけよう?」
 女王に子供が産まれたら王位継承権を放棄するとアシュリーズは公言している。自分の子供に王位継承権を持たせるつもりはないため、彼女は完全に王位継承権を放棄してからでなければ、結婚する気も子供を産む気もなかった。未婚の王妹を狙う貴族は多く、かなりうっとうしい状況にあるが、もうしばらくの辛抱だとアシュリーズは自分に言い聞かせていた。
「…ラーナ、私は今、妊娠してる暇はないんだ。『女王陛下』の身辺警護を強化する必要があるんだからな」
「気を付けねばならないのは初期の段階だけだろう?」
「普通の妊婦ならそれでいいが、ラーナは女王だろう。子供を生んで欲しくない連中がまだまだいるんだぞ?」
「ふむ、この際、後腐れなく、きれいさっぱり、始末するかな」
 長い黒髪を指先で弄びながら、まんざらでもなさそうに言う。
「それができれば苦労しない」
 アシュリーズとて姉と同じ気持ちだが、政治の世界というものは、戦場と違って、相手の息の根を止めれば良いというわけではない。
「なんなら、リーズ、私が内密に勅命を与えるから、こっそり始末して回らないか?」
「私に狸連中を敵に回せと言うのか?ラ−ナだって、クルス・アディン殿に怒られるぞ」
 うーむと唸って女王は黙り込んだ。
「…クルスは怒ると根にもつからな」
 それが女王の出した結論だった。
 廷臣達の望みどおり、クルス・アディンは立派な抑え役となっているようだった。


 計画外の事態が発生したために女王はご機嫌斜めだった。
 建国記念祭には女王は王宮の外に出て、都の中央広場で行われる野外劇を見たり、踊りの輪に加わったりして民と交流を持つのが常だったのだが、それが中止になったのである。理由は勿論、身ごもったためだ。
「野外劇を見るくらい、良いではないか」
 順調な人生計画の実行により、娯楽計画の変更を余儀なくされた女王はむすっとした顔で言った。
「なりませぬ」
 きっぱりと近衛騎士隊長は言い切った。
「陛下のみならず、陛下の御子まで危険にさらすようなことは、絶対になりませぬ」
 長い付き合いであるだけに、こういう時のシェイドがてこでも動かぬことは女王にも分かっていた。決定が覆されぬと分かっているだけに、女王の機嫌は直らない。
 報告書を持って執務室にやって来た文官は緊迫した雰囲気に飲まれ、びくびくしながら書類を女王に渡した。
「却下」
 書類を見ようともせず、女王は言った。
「受理して欲しければ、何か芸をしてみせろ」
「は?」
「できなければ、受け取らぬぞ」
 文官は硬直した。
 報告書の受理と芸の間に何の関係があるのだろうか。
「陛下、母親になられる方が、子供のような真似はおよしなさいませ」
 さも呆れたとばかりにシェイドが諌めた。
「母親になろうが、私は私だ」
 女王は完全に開き直っている。
「嘆かわしい。このままでは、クルス・アディン殿に心変わりされても、いたしかたありませんな」
 女王を威すのは専ら女神官の担当だが、この場にいなければ仕方ないとシェイドは表情を全く変えずに淡々と言った。
「なんだとっ!」
「結婚したからと安心していると、愛想を尽かされることもあることくらいは、陛下もご存じでしょう」
「シェイド、おぬしは何が言いたいっ!」
 緊迫した空間に見えない火花が盛大に散る。
 文官は報告書を握ると素早く戦場となった執務室から撤退した。

 自室で古文書を広げていたクルス・アディンはためらいがちなノックに顔を上げた。入るように声をかけると、文官の一人が申し分け無さそうな顔で入って来た。彼は女王の夫が休憩中であることを知っているのだ。
「どうした?」
「陛下がシェイド殿と口論をなさっておられまして、報告書を受理していただけないのですが」
 クルス・アディンはまたかと苦笑をこぼした。
「わかった。私が預かっておく」
「申し訳ありません。ありがとうございます」
 文官はほっとした顔で報告書を渡すと出て行った。
「やれやれ、しばらくはご機嫌斜めだろうな」
 妊婦は時として感情が過敏になるというが、女王はもとより感情の激しい人間である。報告書にさっと目を通したクルス・アディンは、急ぎの用件でないことを確認すると、己の作業に戻った。自分の出番は、女王がシェイドに言い負かされるか、疲れて休戦になってからであることを彼は理解していた。
 それから、しばらくの間、女王の夫の手を通らずに女王に直接渡された書類はなかったという。

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